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つくるコツ

「晩年のピカソがあれほどまでに執拗に追求した「画家とモデル」・・・
画家は直接に現実の世界に触れて作品を生み出すのではなく、逆に、作品を描くことによって現実を捉え直し、
さらに言えば現実を創り出して行くのである」 

ピカソ 剽窃の論理 (ちくま学芸文庫)

ピカソ 剽窃の論理 (ちくま学芸文庫)

 

 

まほうのことば

屋久島へ行った

森の入口に着いたら小雨交じりな曇天気

雨で気が進まなかったけど とりあえず歩き始めた

しばらくすると晴れてきたので 行けるとこまで行ってみた

だんだん楽しくなって4時間ほど歩いた

この森は不思議

大地と交歓しているような感覚は魔法のよう

青空は返事

大自然と自分自身の

昔々はこんなだったのだろうか

人と自然の関りは 

ことばがなかったころは 

 

魔法のことば―エスキモーに伝わる詩 (日本傑作絵本シリーズ)

魔法のことば―エスキモーに伝わる詩 (日本傑作絵本シリーズ)

 

  

  

アメリカ・インディアンの口承詩―魔法としての言葉 (平凡社ライブラリー)

アメリカ・インディアンの口承詩―魔法としての言葉 (平凡社ライブラリー)

 

 

もの

王陽明は、朱子の学とはちがって「いったい「物」というのは何ぞや」という、そもそもの論をしっかりと説いていた。

朱子は「物を理解し、その理をきわめる」と、いうけれども、物をみる自分の意識は「物」の外に厳然と存在しているものではない。「物」と、物をみる自分の「心」は、もともと一つのものであり、別物ではない。むしろ、本来、自分も「物」と一体であることを自覚して生きよ、と説いているように思えた。  ~「無私の日本人」p.220

 

ー天地万物一体

の理がわかれば、それでよい、というのである。

「聖人の学というのは、煎じつめれば、仁の一字につきます。仁とは天地万物一体の心のことです。義も礼も智も信も、みな、そのなかに含まれます。たしかに、一見すると、宇宙の森羅万象はさまざまで、とても、ひとつのものにはみえません。しかし、考えてください。この宇宙の物は、みな天地の気をうけて生じてきたものです。そういう意味で、一体であるといえる。天から日の光がそそぎ、雨がふると、山に草木が野に穀物が生じるでしょう。そこから、鳥や獣や人が生まれてきました。ですから、父子・兄弟から天下後世の人にいたるまで、みな我が骨肉です。日も月も、雨も露も、山も川も、草木も、鳥獣も、魚もすっぽんも、一物として、我でないものはない。天地万物は一物です。このあたりまえのことに立ち戻るだけでいいのです。それほど、聖人の学は広大にして簡単なものなのです。」 ~「無私の日本人」p.227

 

月を見るものは指を忘れて可なり ~「無私の日本人」p.212

 

無私の日本人 (文春文庫)

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